1月・2月の紙芝居
田無神社からスタートした2020年
1月は、帝釈天さんでの定期口演、住宅展示場、ジャパンフェスタ、
そして、新春爆笑講演会と楽しく走り回っておりました。
ジャパンフェスタinADACH 昨年より広いステージをご用意いただき
紙芝居&カタヌキ遊びを楽しんでいただきました。
新春爆笑講演会
講演中の写真がないのですが、
昭和の少女と少年と一緒に大笑い、
お客様がとても楽しい方ばかりで、会場は大爆笑
「お似合いよ」と褒めていただいた新作衣装です。
昭和館での紙芝居は、2月から新しい演目になりました。
「声ひとすじ」 1人の少女が苦労の末に、浪花節語りになる物語です。
その他、地域のサロンで成年後見制度啓発紙芝居「もう一度笑顔になりたい」の口演機会もいただきました。
帝釈天では、
バナナチョコではなくとちおとめチョコ
そして、みたらし団子でにっこり。
一番前の席に陣取り、最初からずーっとみてくれていたのは、
常連の元気な姉妹、商店街の和菓子屋さんの娘さんたちです。
2016年2月8日から始まった 柴又での定期口演。
おかげさまで、地元の方にもお馴染みになってきました。
ありがたいです。
そして 3月
春、春、春休み・・・イベントたくさん、がんばるぞ!!
と思っていたのに…
新型コロナウイルスの影響で 落語と紙芝居も、かっぱ市も、地域サロンも市民講座も
あれもこれもそれも みーんな 延期・中止。
青空のもと 自転車の周りにギュッと集まり、
おっきな口開けて笑いあえる日が 早くもどってきますように。
紙芝居師・紙芝居使せんべいは
東京都三鷹市内で小さな小さな駄菓子屋さんをやっています。
紙芝居師がなんで駄菓子屋さんを始めたのか、
ちょっとだけ お話させてください。
🍘駄菓子屋さんのはじまり はじまり🍘
2019年3月12日 だがしの日
せんべいの駄菓子屋さん 開店!
2019年1月初め あるイベントで出逢った駄菓子屋さん。
そうなんです、物語の始まりは、だいたい誰かとの出会いからはじまります。
「そうだ、駄菓子屋やってみよう!」 と
ちょいと思いついたのが1月末。
「やりたいなぁ・・」とつぶやいたら、
協力してくれる人もあらわれ、
「オープンはだがしの日、にする!」 と 宣言、
バタバタながらなんとか間に合わせることができました。
🍘なんで駄菓子屋さん?
自転車の紙芝居を見たことのある昭和のこども達が
必ず一緒に話してくれるのが、
水あめ、ソースせんべい。
そう、街頭紙芝居屋さんは駄菓子屋さんでもあったのです。
というよりも、駄菓子をうるために紙芝居をやって子ども達を集めていたんです。
紙芝居と駄菓子はご縁が深いのですよ。
せんべいの紙芝居は、公園で駄菓子を売ってはいません。
紙芝居の口演をするのがお仕事です。
紙芝居と一緒にみずあめ、せんべい、そしてカタヌキ遊びもしますけどね。
それは紙芝居の場を楽しんでいただくため。
せんべいの駄菓子屋さんは、
紙芝居使せんべいを知っていただくためのお店。
お客様に店主せんべいの事をしっていただき、
紙芝居をみたいなぁ。と思ってもらえるといいなぁ。なんて思ってたんですよ。
ところが・・・・
昭和の街頭紙芝居では、駄菓子を売るために紙芝居をしていましたが、
令和の紙芝居屋師は、紙芝居の宣伝をするために駄菓子屋をはじめました、とさ。
令和の駄菓子屋さん いえいえ
紙芝居屋さんのその後は… 果たして!
次回につづく